学校裏魔鏡

学校裏魔鏡

「ああ、嫌だなぁ……くそっ、私の馬鹿……」

すっかり夜が更け、細い月が時折雲の切れ間から覗く夜の道を私、『天根(あまね) 梨沙(りさ)』はいつも通う学校へと続く道を歩きながら、人目の無い事をいい事に思わずそう毒づく

 私自身何も好きこのんで、しかも一人で深夜の学校と言う薄気味悪い所に行きたい訳では無い。

たまたま今日、教室の自分の席に友達の柚木(ゆうき)に借りたゲームソフトを忘れてしまったのだ。

しかも、タイミングの悪い事に明日は朝一から持ち物検査だと言う事で、柚木に責任を押し付けて私は逃げたとしても、あの今では絶滅危惧種レベルに頭が固い担任教師はそれを許さず、柚木もろとも自分を連帯責任と評して罰するに違いない。

普段ならば陰で皆と一緒にそんな担任をスマホを使って陰で笑っているだけだが、流石にただでさえ特に理由なく髪を染めたり化粧して学校に来た事で担任から目を付けられているのに、これがきっかけで自分に降りかかる火の粉が更に大きくなるのは見逃せず、仕方なく夜の学校へと向かうしかなくなったのだ。

いや、それだけなら300歩譲っても譲歩出来たが、私がここまで深夜の学校へと行くのを渋るには大きな理由がもう一つある

「・・・ったく、柚木の奴、よりにもよって今日、怪談なんか聞かせやがって・・・」

 そう、それは単純に昼食の時間、一緒に食事を取っていた柚木が『夏だし、怖い話でもする? いい話をこの前、聞いたんだ!』と、男子のような軽いテンションで語り始めた怪談が原因であり、本当はそう言う話は大嫌いな私ではあったが他の友達の視線の手前、逃げ出す事などは許せず、結局は精一杯、虚勢を張って『へぇ?それで??』みたいな視線を柚木に送りながら柚木が語る階段に私は耳を傾けるしか無かった

 さて、そんな事を考えているうち、私はあっと言う間に夜の学校へとたどり着いた。

見回りの先生がいるため、まだ空いている裏口を利用する事であっさりと校舎内に入る事に成功した私は、暗く、人気が無いと言うだけでやたらに不気味な校舎内をスマートフォンを懐中電灯代わりに進んでいく。

そして私は光の先に、スマートフォンの光を反射してぼんやりと輝く廊下の壁に取り付けられた大鏡を発見して思わずたじろいでしまった。

「う・・・これがその鏡か・・・」

そう、柚木が話した怪談と言うのが『深夜、校舎の大鏡をのぞきこむと、もう一人の自分と入れ替わられる』と言ったもので(私は知らなかったけれど、同じく柚木の話を聞いていた周りの友人は『ありがちな話だ』と言っていた)。

私には普段はうるさいくらいの声量と明るい口調で語る柚木が、妙に落ち着いた口調で語る怪談の事が今、この場でも忘れられず、普段何気なく通り過ぎたり、時には髪形を整えている筈の大鏡がやたらに恐ろしく感じてしまった。

 だがしかし、私のクラスはこの大鏡の向こうにあり、尚且つ廊下の端にある教室の為に迂回する事は出来ない。

つまりはどうあがいても私は大鏡の前を通るしか教室にたどり着けない・・・。

「大丈夫、大丈夫、あれは柚木が作ったただの作り話・・・」

 覚悟を決めた私は、自分にそう言い聞かせながらゆっくりと、その向こうの教室に向かうべく、出来るだけ大鏡に視線を向けないようにしながら歩みを進め始める。

次第に強まる恐怖感に自然と体が震え、歯が鳴りだし、我ながら情けない姿になっていたが、それでも確実に一歩ずつではあるが歩みを進め、今まさに大鏡を通り過ぎた時だった。

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「・・・っ⁉」

 一瞬、ゾっと一瞬で鳥肌が立つような気配を大鏡から感じた私は思わず、本能的に視線を向ける。

 けれども、そこに映りこんでいたのは金髪に染めた髪が特徴的な不安げな顔をした自分の顔でしか無く、他に何の異変も感じれなかった

「ふぅ・・・」

 それを見た私は思わず安堵のため息を漏らす。

いくら怖くても鏡に映った自分の姿に驚いているようでは世話が無い。

急激に恐怖感が薄れた私は、そのまま歩みを進めると難なく教室へと辿り着き、自分の席から目的のゲームソフトを見つける事が出来た。

「さぁ、早く帰ろうっと・・・」

 何事も無く、無事に目的のゲームソフトを回収できた事で教室から出た時点で、私は浮かれ、気が付けば先程まで恐怖で失いかけていた笑顔まで取り戻していた。

 そうして、浮かれながら廊下を歩くとすぐに大鏡が視界に入る。

それによりさっき取り戻した筈の私の笑顔は瞬時に消えてしまう。

私は自分に言い聞かせるように「さっきは何事も無く通り過ぎれたんだ。大丈夫。」と、言いつつ大鏡の前を通り過ぎようとしたその時・・・

「ねぇ『私』、今、あなた生きていて満足?」

 そんな声が突如として大鏡から聞こえ、今度こそ私の体は恐怖で一瞬のうちに凍り付いた

「な・・・え!?!?!?!・・・あっ・・・」

 恐怖に震えながら、私が目を動かしてそこに視線を向けてみると、そこには間違いなく『私』が映り込んでいた。

 だがしかし、今現在、恐怖で私の顔は凍りついたような表情のはずなのに、鏡の中の『私』は友達とでも話しているかのような柔和な笑顔を浮かべて私を見つめており、そして何より『私』の髪は今まで無駄にいじった事は無いかのような美しい『黒色』だったのだ。

「満足かしら、お父さんやお母さんと上手くいかないからって、髪を染めて化粧までして不良を気取って?」

「満足かしら、寂しくて不安だからって学校内で威張り散らして皆からひんしゅくを買って?」

「満足かしら一回、図星を付かれたからって相談に乗ってくれた先生を馬鹿にして?」

「あ、あ、ああああ・・・」

 鏡の中の『私』が笑顔のまま次々と私を責め立てる言葉を投げかけ、私は何一つ言い返す事が出来い。
その言葉の全てが私が密かに胸の中にとどめ、誰にも話せない記憶だったから・・・。

「そして、満足かしら。唯一『私達の』本当の友達であり続けてくれた、柚木ちゃんを低くみて馬鹿にして?」

「あっ・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、私はついに絶望に耐えきれずに廊下に崩れ落ちる。
ダメだ、敵わない。柚木の話は本当だった。

こいつは間違いなくもう一人の私だ。

「ですが、そんな私を『私』は許しましょう。これから私が代わりになって・・・ね。」

 意識が遠のく中、私にはそんな『私』の声が何処か遠くに聞こえていた・・・。

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 最近、梨沙がかわった?

と、柚木は朝、教室の自身の席で頭を捻りながら疑問に思っていた。
 変わった、とは言っても悪い方向じゃあない。

むしろ最近になり、自分は勿論、家族や周りの友達、そして嫌っていた筈の担任の先生に対する態度が見るからに軟化した事で、険悪だったらしい家族とも和解し、以前より友達や親しくする人間は増えている。

あまり頭は良くないと自己分析している柚木ではあったがそれは何も悪くない事だ・・・
柚木は頭ではそう理解はしていたのだが、どうにも心の底では納得が出来てはいなかったのだ。

「どうしたの柚木?」
 と、そんな風に柚木が悩んでいると、そこに件の梨沙が『黒髪』を揺らし、不思議そうに話しかけてきた。

 そう、梨沙が変わったとされるきっかけこそが、この黒髪であり、梨沙本人は周囲への態度を変えたのも髪を黒に戻したのも『キッカケがあって更生した』と、語ってはいたが、どうにも柚木にはそれが完全に信じる事が出来なかった。
そう、例えるならば、あれは記憶や仕草までそっくりな別の・・・。

「柚木、ねぇ大丈夫?」

 と、そこまで考えた所で、心配そうな顔で梨沙が話しかけた事で、自分の考えを『下らない事』と、投げ捨てた。

そうだ、目の前にいる梨沙は間違いなく自分の友達だ。
ならば、『更正した』と言う話を友人である私が信じてやらなくてどうするというのか。

 そんな事を思いながら柚木は『大丈夫』とだけ短く答え、梨沙と会話を始めた

『助けて! 柚木! 助けてよぉ!』

 目の前で『私』と楽し気に話す柚木に私は涙を流し、喉が張り裂けんばかりの声で叫ぶがそれはまるで届かず、現実の『私』は笑顔を浮かべながら、柚木と会話を続けるだけだ。

 あれ以来、目を覚ますと私は完全に『もう一人の私』に体の主導権を奪われ、『私』がする事を見る事と聞く事しか出来なかった。

 結果、『もう一人の私』は私がやろうとしてもやれなかった事を簡単にやり遂げ、執拗なまでに私を絶望させ、存在価値を、居場所を奪い取った。
発狂しそうな出来事ではあったが主導権を握っているのが『もう一人の私』のため、私は狂う事すら出来ない

『助けて! 誰か助けてええええぇぇぇぇぇっ!!』

 そう叫んでも、誰にも届かない声をもう一人の私の中で、叫んではいても助けを求める事は出来ないのだ。

あの鏡に本当の私自身を映し出す以外に・・・。

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