その絵の秘密
私はアヤカ。この高校に通う二年生の女子高生だ。
「おはよー」
隣の席から声がした。
親友であるユキだ。
「おはよー。今日も暑くなりそうだね。」
私は携帯を出しながら挨拶を返す。
ユキは私の幼馴染であり、唯一の友達だ。
ほかに友達を作ってもいいと思ってはいるけど、私には目的があるのでそれを優先したい。
その目的とは、不思議な体験をすることだ。
小さなころからホラー映画や階段が好きな私には友達ができにくかった。
そんな中、ユキだけは趣味が合い仲良くしていた。
この高校に進学を決めたのも、目的が一致したからだ。
「マンモス高校に伝わる七不思議の確認、証明」
私たちが通っているこの高校はとても生徒数が多い。
クラスは一学年で15もあり、生徒数は1000を軽く超える。
たくさんの人間が集まるせいか、噂話や怪談などの話題が絶えないのは昔からのようだ。
私の両親もこの高校の出身らしいが、当時から語り継がれていた怖い話はたくさんあったらしい。
なので、不思議な体験をしたいと思う私がこの学校に進学するのは当然だったといえる。
私は窓から外を眺めていると、校長が出勤するのが見えた。
「校長先生若いよねー。あれで60近いなんて信じられない。」
隣からユキの声がした。
そうなのだ。
うちの校長は57にもなる年配の女性なのだが、30代前半にしか見えない外見の持ち主である。
モデル並みに細い体系もあって、校内・外問わず有名人だ。
入学式で歓迎の挨拶をした時の父兄の動揺は今も忘れられない。
「校長だけで七不思議コンプ出来そうだよね」
私は笑いながらユキを見た。
ユキも笑いながら頷いている。
「よーし、席に着けー。HR始めるぞー。」
担任の近藤先生が入ってきた。
今日は夏休み前の終業式。
明日から何をしようか・・・と考えていると、
「とりあえず、これの調査してみようかー」
と携帯の画面を見せてきた。
そこに表示されていたのは草原の真ん中に小屋が描かれた絵だった。
これこそこの学校の七不思議の一つ、「秘密の絵」だ。
美術部にあるとされるこの絵は、見ている人間が消えてしまうという噂があった。
もちろん、校内で行方不明者が出たら大問題だ。
私が入学してから校内で死亡者や行方不明者など出たことなどない。
なら、どうしてこの絵にこんな話がついたのか。
それは、校長の私物だからだ。
この学校の生徒が描いたものでなく、校長が趣味で集めたものの中に、曰くつきのものがあるらしい。
それがそのまま美術室にあるというわけだ。
なるほど、あの歩くミステリアスともいえる校長の持ち物ならば納得できる。
近くにあるだけで老化が止まったりしないかな、とかくだらないことさえ考えてしまえるくらいだ。
ユキが調べてきたメモによると、見た人がいなくなる現象には条件があり
・一人でいること
・夕方から夜に変わる時間であること
である必要があるそうだ。
今日は終業式で部活もあるので美術部も誰かがいる。
調査するなら明日がいいだろうと話していると、HRが終わった。
「早速、明日実験してみようよ!」
ユキと約束して別れ、家に帰る。
「ほんとに何か起こるのかな…」
期待と少しの怖さを感じながら眠りについた。
~翌日~
日中は期待で何も手がつかなった。
時刻は午後三時。
ユキと待ち合わせをしていた昇降口へ向かう。
「あ、アヤカちゃーん待ってたよー」
すでにユキは来ていたようだ。
並んで美術室へ向かう。
美術室についた。カギはかかっていない。
「あれ、開いてる?使っていないときは閉まってるはずなんだけど…」
ユキは友達の美術部員からかりていたカギを持ったままドアを開け、中に入る。
そこには、校長先生がいた。
意外な先客に私たちは驚きながら、挨拶をすると
「おや、珍しいわね。美術部は休みだから誰も来ないと思ってたんだけど・・・」
校長先生は問題の絵と向き合っていた。
いや、先生は問題の絵を描いていたのだ。
本物はその隣にあった。
模写というやつだろうか。
どうして先生がここで絵なんか描いているのだろう?
私は校長先生に聞いてみることにした。
「私たちはこの絵の噂を確かめようと思ってきたんです。ホントなんでしょうか?」
「ホントだよ。この絵は、ドイツで私が買ってきたんだ。貧しい画家が描いたものでね。」
先生は続ける。
「兄弟で画家をやっていた弟のほうの作品だったかな。兄は貧しくても絵を描けてればいいという人だったけど、弟はものすごく上昇志向が高くてね。何とか成功したかったんだ。」
「弟はあらゆる絵画を描いたけど、風景画は描いたことがなかった。一発逆転を狙ってこれを描いたのさ。」
「しかし、弟は突然死んでしまった。この絵を前にして、部屋で倒れていたのさ。」
「そして、兄はこの絵が恐ろしくなって売りに出そうとした。家に置きたくなかったから画廊に預けてね。しかし、この絵を預けた画廊のスタッフは消えてしまったんだ。」
「そんな時、興味を持った私がこの絵を買ったわけさ。あの兄の恐怖は本物だった。人助けの意味もあったかな。」
「・・・あの、先生。それじゃ、この学校の生徒が消えちゃうんじゃ?」
ユキが反論した。
そうだ。この絵が本物なら私たちも危険では?
「そうかもしれないね。だから、この絵は人目につかないように隠しておいたんだ。絵としては良くできているから教材として置いておいたのだけど、危険だから持って帰ろうとしていたんだ。生徒が消えたりしたら大変だし。」
「その代わりに、私が描いた複製画を飾ろうというわけさ。なかなか上手いだろう?」
確かに、先生が描いたものは本物とよく似ていた。
美術の先生としてもやっていけるのでないかと思うほどだ。
「そういうことで、今日持って帰る。また来るけど、二人とも下校時刻までには帰るようにね。」
校長先生は部屋を出て行った。
私はユキと顔を見合わせた。
「アヤカちゃん、どうしよう・・・そろそろ暗くなってきたし、ホントなら何か起こるかも・・・?」
ユキは心配そうだ。
「大丈夫。噂では、一人にならなければ何も起こらないはずだよ。私たちは二人だし。」
そういって、私は先生が使っていた道具に興味を惹かれてそっちに移動した。
油絵を描くための道具だ。絵の具もまだ乾いていない。
その時、
「キャッ」
ユキの声がして振り向いたが、姿はなかった。
私は絵を覗き込んだが、そこには理解を越えた現象が起きていた。
ユキが絵の中の小屋に引き込まれていったのだ。そして、小屋の扉は閉じられた。
「どうしよう・・・ユキを助けないと!」
校長先生を呼びに行くか・・・?いや、どこにいるかもわからない。
それよりも、確実な方法がある。
「さっき絵の扉は開いていた・・・それなら、扉をもう一度開ければ!」
私は先生の絵の具を借り、扉の部分を黒く塗りつぶした。
その瞬間、ユキが絵の中から戻ってきた。
しかし、ユキを追いかけるように扉から赤い「何か」がこちらに向かってきていた。
どうしよう・・・私はユキと抱きあい、目を伏せた。その時、校長先生が戻ってきた。
「これは・・・あなたたち、一体?」
しかし、先生は一目で状況を察知したのか絵に布をかぶせて火をつけた。
「ギャァァァァァァ」
絵から悲鳴が聞こえた。
不思議なことに、絵は燃えた後に灰も残さず消えてしまった。まるで、何もなかったかのように。
「大丈夫?ケガはない?」
校長先生は私たち二人に駆け寄り、心配してくれた。
ユキは恐怖のあまり泣きじゃくり、私は情けないが腰が抜けていた。
噂は本当だったのだ。
この後、先生に自宅まで送ってもらったがユキは私の自宅にいた。
恐怖で帰れないのかと思ったが、
「ねぇ。アヤカちゃん、ホントに起きたね!七不思議!ほかの噂も実証してみようよ!」
・・・やれやれ。私はユキのほうが怖いとさえ思ってしまった。
とはいえ、私も恐怖より楽しみのほうが勝って興奮してきた。
今夜は眠れない夜になりそうだ。
私とユキは残りの七不思議と校長先生の秘密について語りあった。
夜はまだ、始まったばかりだった・・・